Lovers Rain




 2025年、第2新東京市。
 碇シンジは普通に高校生になり、普通に大学に入り、普通に就職し、そして普通の生活を送っていた。
 なにをもって普通と呼ぶのか、それは分からない。ただ、人と同じ、人並みの生活を、シンジは送っていた。
 エヴァのパイロットだった自分、世界を救ったサードチルドレンの姿は、そこにはない。
 ただ、今のシンジは流されて生きているわけでも、無気力に生きているわけでもなかった。ほんの少し前までは。
 久方ぶりの休日、シンジは街を歩いていた。
 雨の街、傘もささずに。
 だが今、その目に生気はない。
 シンジにも、恋人がいた。
 少なくとも周りからはそう見えたし、シンジもまた、彼女のことを恋人だと信じていた。
 「けれど、違った。裏切ったんだ。」
 偶然見た、その現場。
 彼女が他の男とキスをしていた。
 彼女にとって、自分は何なのだろう。
 10年、ともに歩んできた。
 10年もの間一緒に暮らしてきた。
 二人だけで。
 サードインパクトが終わった後、彼らを見守っていた大人たちは、姿を消していた。
 葛城ミサトも、加持リョウジも、そして、碇ゲンドウも。
 二人の間を邪魔するものも、もういない。
 邪魔、という表現は正しくはないだろう。
 正確には、二人の間に入り込んでくる者。
 そう、綾波レイも、もういないのだ。
 シンジには、彼女しかいなかった。
 だが、彼女が選らんだのは、シンジではない、別の男。
 その理由は、いるはずもない、綾波レイ。
 シンジの心のどこかに、まだ、あの女の姿があるから。
 そうすることで、シンジの気をひきたかっただけなのかもしれない。
 本当は彼女にももう、シンジしかいなかったのかもしれない。
 けれど、そんな彼女の気持ちに、シンジは気付かない。
 だから傷ついて、そして、逃げた。
 そんなシンジを、彼女は引き止めなかった。いや、引き止められなかった。
 そうして、彼らの10年は、終わりを告げた。


 「綾波レイ、か・・・」
 雨の中、駅前の噴水。
 その前に座り込み、シンジは呟いた。
 もう、忘れたつもりだった。
 淡い淡い、初恋。
   母の面影を持つ、少女。
 いや、その姿は母そのものである。
 だから憧れ、そしてやがて・・・  そうだ、シンジは綾波の中に、母を求めていたのだ。
 恋愛感情ではなく。
 それが、シンジのいいわけ。綾波レイは、シンジにとってそういう存在。
 しかし、彼女はそうは思ってはくれなかった。
 いや、シンジすら知らない、シンジの心の奥を、彼女だけが知っていたのだ。
 シンジを好きだと言った、シンジに人を好きになることを教えてくれた少年と少女。
 今はもういない、もう二度と会うこともない、少年と少女。
 綾波レイの中にあるのは、その二人の面影。
 そしてそれは、知らず知らずのうちに、シンジが追い求めているもの。
 それを知っていたから、それに耐えられなかったから。
 彼女は愛情に飢えていた。他の誰からでもなく、シンジからの愛情に。
 けれど、もう、終わったのだ。
 すべては。


 降りしきる雨の中、シンジは濡れるのも厭わず、その中に身をさらしていた。
 その時不意に、
 声が、聞こえた気がした。
 その声は、
 綾波、レイ。
 「綾波!」
 いつしかシンジは、声の方へと走り出していた。
 だが、気付く。それは綾波レイではないことに。
 よく似た声。
 だが似たような声の持ち主など、いくらでもいる。
 そして似てはいるが、その声は明らかに綾波レイの声ではなかった。
 感情のこもった声、弾んだ声、何より、明るい声。
 それはシンジの記憶の中にある綾波レイの声ではない。
 そして何より、綾波と違う、髪の色。
 振り返ったその、瞳の色。
 「あ、すみません。人違いでした。」
 謝って、立ち去ろうとしたシンジの背中を、だが、その女性は抱きしめた。
 「あ、あの・・・」
 「ひどいのね。」
 「え?」
 「綾波さんと、間違えるなんて・・・。私のコト、忘れちゃったの?」
 背中に伝わってくる、そのぬくもりは、いつか、どこかで感じたぬくもり。
 ネルフのゲートの前で、学校の屋上で、そしてあの日、湖で、確かに感じたぬくもり。
 「マ・・・ナ?」
 背中ごしに伝わってくるその感触が、雨なのか、それとも涙であるのか、それはシンジにはわからなかった。
 ただ一つ、わかったことは、自分が、大切なことを忘れていたということ。
 この女性が、シンジにとってかけがえのない、大切な人だということ。
 「約束・・・、したもんね。必ず・・・、会いに・・・、行くって。」
 涙で途切れ途切れになったその言葉は、確かにいつか聞いた言葉。
 「マナ・・・」
 そしてシンジは思い出した。
 自分が何を求めていたのか、なにが、彼女を自分から遠ざけたのか。
 「マナ、マナ!」
 「シンジ・・・」
 激しい雨の中、二人はただ、抱き合った。
 ふるえながら、唇に互いの想いを重ねあわせて。






 「そうしてパパとママは一緒になって、あなたが生まれたのよ。」
 そう言って碇マナは、愛娘の頭をなでた。
 「って、ちょっとアンタ!」
 ただならぬ雰囲気にマナは振り返る。
 そこにいたのは・・・
 「ア、アスカさん・・・」
 思わず冷汗がタラリとたれるマナ。
 「アンタねえ、子供に嘘を吹き込むんじゃないの。」
 「そうよ!」
 「そうだわ。」
 そう言ってアスカの後ろから現れたのは葛城ミサトと綾波レイ。
 「勝手に私たちを殺さないで欲しいわ。」
 「マナちゃ〜ん?アタシに何か恨みでもあるのかしら〜」
 「い、いえ、そう言うわけじゃあ・・・」
 「だいたいねえ、あんたがシンジをアタシから横取りしたんじゃない!」
 「それはちがうわ。」
 「そうねえ、それは確かに違うわねえ。」
 間髪入れず反論するレイとミサト。
 「ちょ、ちょっとアンタら、どっちの味方なのよ!?」
 「どっちでもないわ。」
 「別にアスカに味方する義理もないしねえ。」
 「だいたい、あなたと碇くんは初めから何でもなかったじゃない。」
 「そうそう、アスカがぐずぐずしてる間にシンちゃんがマナちゃんを選んじゃっただけのことで。」
 「だから私は何も悪くない、と。」
 「「それとこれとは別!」」
 「碇くんは、私と一つになるはずだったのに。」
 どさくさにまぎれてレイ、暴走。
 「あんなこともされちゃったし。」
 「な、なんですってー!?」
 ときにあんなことってどんなことなんでしょう?
 ちなみに驚いてるのはアスカだけ。ミサトは経験豊富(なにが?)だしマナちゃんは、
 「いつもシンジとしてるし。」
 だそうだ。
 もっともこの晩、マナによってシンジが執拗なまでの追及を受けたことは言うまでもない。
 ちなみに、
 この光景を目の当たりにして、碇マイ(5さい)はこんな大人にはなるまい、と思ったそうな。




−おわり



あとがき

どうもジェイといいます。
この部屋のオーナーである奈酢美とは大学時代からの付き合いになります。
しかし・・・LAS属性と知りつつこんなSSを送り付けるのは・・・ただの嫌味ですねえ。
全編シリアス、にする予定だったんですが、いつのまにかオチがついてしまいました。
ちなみにシンジくんとマナちゃんの娘の名前は、マナ+ユイ÷2ということで、マイちゃんになりました。
ひねりも何にもないな。
今思ったけど、ユナでも良かったんだなあ。でもそれじゃあ・・・
それでは、またどこかで会いましょう。





新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。


J’s Archeのジェイさんが、400HIT記念にSSを下さいました。
ほんとにありがとうございます。 m(_^_)M

ジェイさんとこのページは毎日のように更新され、
もう10000HITを超えるというすばらしいページです。

しかし、ジェイさんのSSをみると、
「アンチ巨人ファンは巨人ファン」とか、
「アンチ巨人ファンのジレンマ」とかの言葉が
ピッタリあてはまるという感じですので、基本属性LASな方でも
大丈夫(ってなにがだ)

というわけで、ジェイさん、今後ともヨロシク。


宝物の間へ戻る 玄関へ戻る