「あなたに、会いたい。」
 今の時代にしては極めて珍しい、手書きのそんな手紙を目にしたとき、ラティオ・エヴィンは一人の少女の姿を思い描いていた。
 現実的には、その少女がこの手紙の差出人であるはずはない。
 このおよそ6年の間、とある事情から地球圏を転々としていたラティオは、その名かで幾人かの少女たちと触れ合いを持っていた。
 女性らしいその文字と、たった一言のその言葉に秘められた想いを考えるなら、この手紙の差出人がそれらの少女たちの誰かである事は確かなのだが、その確率は等しいものではなく、その名かでもラティオが思い描いたその少女である可能性は、最も低いといってよい。
 もっと言うなら、10人を超える数の少女の存在はあったが、実際、可能性として考えられるものなどは、ほんの2,3人でしかないのが本当のところなのである。
 「るりかか、夏穂か・・・いや、たぶん・・・」
 どこか、期待のようなものを込めて、少年は呟いた。
 「たぶん、なに?」
 どこか不機嫌そうな声に、ほんの少しドキリとしながらラティオは振り返った。
 「なんだ、妙子か。」
 振り返ったその先にいたのは、幼なじみの少女であった。
 「なんだとはなによ。」
 ますます不機嫌そうなその口調が、ラティオの言葉そのもの、というよりも彼の口から見知らぬ少女の名が出た事によるものだとは、ラティオ当人にとっては予想すらしていない事であった。
 少年にとって妙子という少女は、あまりに近すぎて兄弟のようなものでしかなかったのだから。
 それは、妙子にとっては極めて不幸な事であったのだが。
 「まったく、護くんったら。」
 そんな彼の気持ちに気付いてか、半ばあきれたように、彼女は少年の事を、まったく違う名で読んだ。
 その名こそ、少年が今ここにこうしている元凶であり、10数人の少女たちの中でも、ほんの数人しか知らない、ゆえに、その数人こそが手紙の差出人であると絞り込む事のできる理由ともなる、彼の、本当の名であった。

















第一話 『赤い髪の少女』





 護。松永護という名のその少年が、ラティオ・エヴィンなどと名を変えなければならなかったのは、すべて戦争が原因であった。
 地球連邦政府などという、地球圏のすべてを統べる組織を敵とし、そして敗れたようなものたちが、それでも地球圏で暮らしていこうとするなら、偽名などを使わなければならないのが、現状なのである。
 無論、近代民主主義にあからさまに反するような、敗戦国の国民というだけで迫害を行うような組織の存在があるとは言っても、名前まで変えなければならないのは、少年の家系が敗軍であるジオン公国というその国の中にあって、無視できない位置に座していたからに他ならない。
 元々、彼の家、マツナガ家というのは、旧世紀から続く名家であったわけで、それだけでも十二分に目立つ要因ではあったのだが、それ以上に、彼の家の名を、皮肉なまでに高めたのは、彼の伯父の存在があったからである。
 シン・マツナガ。
 ジオン公国を統べるザビ家の一員、ドズル・ザビと共に常に最前線で戦ったエースパイロット。
 『ソロモンの白狼』という二つ名が存在する事自体が、彼の実力を示していた。
 ジオンが勝っていれば、英雄の家系としてもてはやされていたに違いない。
 だが、負けてしまえば多くの連邦兵を死に追いやった、A級戦犯でしかない。
 当のシン・マツナガ自身は、宇宙要塞ソロモンをめぐる戦いで戦死し、護の父をはじめとしたマツナガ家の主立った面々も、それぞれ終戦を迎えるその前にその命を散らしている。
 当事者が死んだのだから、当時年端も行かない少年でしかなかった彼にはもはや関係ない、などという話は、だが、通用するような状況にはならなかった。
 そしてその事は護本人にさえ、十分に予想できる話でもあった。
 予想できたらからこそ、名を変え、姿を隠すという屈辱に塗れながらも、彼はまだ、生きている。
 もっとも、そのために尊い犠牲を、払う羽目にはなったのだが。






§






 それは、今から6年、正確には5年半前の事であった。
 「ソロモンが、陥落したそうです・・・」
 悲痛な声で執事の安達−妙子の父である−がそう言ったあの日の事を、護は今でもはっきりと覚えていた。
 年端のいかぬ少年、といっても、当時彼はもう12歳にはなっていたから、その言葉の意味も、今自分たちの置かれている状況も十二分に理解できるようにはなっていた。
 尊敬していた伯父、その伯父と共にソロモンで戦っていた父、伯父や父以上に尊敬していたドズル・ザビ中将。
 そんな、少年にとって憧れの対象であった人たちが、もうこの世にはいないのということを、その言葉が意味していることを、少年は悟っていた。
 ソロモンは、ジオン公国にとって戦略のなにより本土防衛の重要拠点であった宇宙要塞である。
 無論、要塞が落ちたからとて、それを守っていたものたちがすべからく死んだというわけではないのだろうが、それでおめおめと生きていられるような、そんな人たちではないことは、少年が一番よく知っていた。
 起きている事態も、その意味もすべて理解していながら、だが、不思議と少年の目に涙はなかった。
 幼い頃に母を亡くしたときも、ほんの数ヶ月前に、兄のように慕っていたガルマが死んだときにも、しばらく悲しみに暮れていた少年であったが、この時だけは、それまでとは大きく違っていた。
 そのわずか数ヶ月の間に、実際に戦場に立ってはいなくとも、戦争という環境下にいることが確かであれば、それらが少年に影響を与えたこともあっただろう。
 あるいは、本当に独りぼっちになってしまった環境が、悲しみさえ麻痺させていただけだったのかもしれない。
 何にせよ、少年は親しい人たちの死にも、(少なくとも表向きは)動じることもなく、自分が今、なにをするべきかを、瞬時に悟っていた。
 「ジオンは・・・負けます・・・」
 そんな執事の言葉は、少年にとっては十分に予想できるものであった。






§






 それから数日して、護は妙子と、妙子の弟である純と共に、コンペイ島と呼ばれる連邦軍の宇宙要塞の中にその身を置いていた。
 妙子の父の手によりサイド3から脱出し、難民に紛れ、連邦の目から逃れるため、である。
 護たちを逃してくれた妙子の両親の消息については、その時以来、わかっていない。
 自分を逃すために犠牲になった、それは、幼い護にもよくわかっていた。
 「大丈夫、だよね。」
 不安げな顔で、妙子がそう護に話し掛ける。
 「大丈夫だよ、戦争中で混乱してるし、灯台下暗し、とも言うだろ。だいたい、僕たちみたいな子供を、そんな詳しく調べたりするもんか。」
 妙子の抱いている不安が、もちろん自分たちのこと、というのもあったであろうが、なにより彼女の両親の身を案じての事だと、それを分かりながらも、護はあえてそう答えた。
 そう答えるしかなかった。
 実際、護にも不安はあった。
 言っては見たものの、敵地のど真ん中であることに違いはないのだ。
 ただそれでも、多少妙子よりも余裕を持てていたのは、場所が場所であった所為も、会ったかもしれない。
 コンペイ島と呼ばれるこの場所は、つい数日前までは、"ソロモン"と、そう呼ばれていたところなのだから。
 コンペイ島という、あまりにも浅薄な名が気にならないでもなかったが、それでも、ほんの数日前まで、伯父や父がいたところなのだと思えれば、多少は、落ち着ける部分もあった。





§





 護と妙子が、その少女の存在に気付いたのは、連邦の難民船がコンペイ島の港に入港しようとしていた、その時であった。
 彼らのいる待合室からは、漆黒の、そしてほんの数日前に行われた戦闘の傷痕の残る、ソロモンの海を見渡す事ができた。
 そこに、一隻の艦が、その姿を現していた。
 宇宙空間であるから当然音などはしないわけなのだが、難民船といっても連邦の戦艦を改装した艦であって、そう小さいものではないから、特に注意して見ていなくとも、自然とその姿を捉える事ができる。
 「連邦の戦艦、か。」
 ふと、護はそんな言葉を口にしていた。
 「戦艦じゃない、巡洋艦だよ。サラミス改フジ級、スルガ。それがあそこにいる、そしてこれから私たちが乗り込む艦の名さ。」
 護の呟きに、そう言って返した者がいた。
 慌てて振り返った護と妙子の目の前には、彼らと同じぐらいの年頃の、一人の、赤い髪の、少女の姿があった。
 振り返って護と目が合ったその少女は、フフッと涼やかな笑みを浮かべた。
 それは、どこか不思議な、それでいてどこはほっとさせるような、そんな笑顔であった。
 そして彼女の瞳の中にも、それと同じ感じの輝きがあるように、そんな風に護には感じられた。
 それが、少年と少女との最初の出会いであり、彼らをめぐる数奇な運命のはじまりでもあった。
 「君、は?」
 そう尋ねた少年の問いに、少女は答える事のないまま、
 「また会えるよ、きっとね。」
 とだけ言い残して、その姿を人並みの中へと消した。
 その後、護たちはスルガに乗り込み、途中戦闘に巻き込まれながらも連邦の戦艦に救助され、サイド6へと何とかたどり着いたのだが、不思議とその間、彼女のその言葉とは裏腹に、その少女ともう一度会う事はなかった。
 けれど、たった一言言葉を交わしただけのその少女の姿は、なぜか不思議と、彼の脳裏に強く焼き付いたままであった。
 そして、6年の歳月が流れる・・・





§





 「護くん!?護くんったら、聞いてるの!?」
 そんな妙子の声で、ふと、護は我に返った。
 「え、あ、ああ。ちょっと、"あの時"のことを思い出してたから・・・」
 その護の言葉は、さらに妙子を不機嫌にさせた。
 「あの時って・・・ああ、あたしと純が、護くんとはぐれちゃったときのことね。」
 妙子のその言葉が示す通り、あの時一度、護と妙子は離れ離れになっていた。
 戦闘に巻き込まれた、という経緯があれば、その事自体は仕方がない、と思えなくもない。
 だが、再会するまでに5年以上の月日を要することとなり、挙げ句その空白の機関に、妙子の知らぬ少女たちの存在があれば、それは妙子にとって面白い話であろうはずもない。
 「あ、あの時は悪かったって思ってるよ。だから・・・」
 だから、なんなのだろうと、ふと護はそんなことを考えた。
 だいたいが連邦の目を逃れるのに精一杯で、妙子を探す余裕すらなかったのが実状である。
 再会できたのは偶然、というよりある種の必然があったからに他ならない。
 地球圏を流れ続け、護が最後に行き着いたのが、スウィート・ウォーターと呼ばれるコロニーであった。
 難民のために作られた、といえば聞こえはいいが、ようは、難民をそこに詰め込むだけ詰め込み、後は知らぬふり、というそんな場所である。
 だが、そんな場所であるがゆえに、表だって身分を明かせないものたちにとっては都合がよく、結果として元ジオン出身の人間が、ここに多く集まることになっていた。
 戦後ジオンの人間が生きていこうと思うなら、サイド3で連邦の監視下に置かれるか、アステロイドベルトに逃れるか、月の下層部に逃げ込むか、あるいはこの、スウィート・ウォーターに移り住むしかなかった。
 そういう意味から言えば、護と妙子たちがそれぞれこの場所に落ち着き、そこで再会を果たした、というのは、やはり必然なのである。
 だからこそ、だから、なんなのだろうと、護は思ってしまうのだ。
 今、妙子と共に暮らしている状況は、彼が望んでいない状況、とまでは言わないものの、積極的に選んだものではない。
 そうであるなら、結局、護は妙子に対して何一つ、してやれていないというのが、実際のところなのである。
 そして、それに対して罪悪感を抱いてはいるものの、自分の所為で妙子の両親を死なせてしまったことが、その大きな原因になっているから、なおさら、妙子にとっては救いのない状況であった。
 ただそれでも、今こうして一緒にいられるということは、わずかに妙子には救いではあったのだが。
 そんな時間が永久に続くことだけを、妙子は願っていた。
 そうはならないのだということを、どこかで気付いていたから。
 そして、冒頭のあの手紙こそが、そんな妙子の淡い願いを打ち砕く、そのものだったのである。


第2話へ


あとがき

ジェイ:どうも奈酢美さん、あけましておめでとうございます。と言ってるそばから何なんですが・・・なんかのっけからバランバランだな、この話。
るりか:バランバランというとOVAのダンバインですか?
ジェイ:・・・誰がそんなネタわかるねん。
妙子:バランバランでもグラン・ガランでもゲア・ガリングでもいいですけどねえ、なんか乗っけっからあたしって最悪じゃないですか。
ジェイ:まあ、影のヒロイン、だからねえ。
妙子:絶対これって、奈酢美さんにケンカ売ってますよね。奈酢美さ〜ん、何とか言ってやってくださいよー!
るりか:という妙子さんは無視して、一つ思ったんですけど・・・
妙子:あ、ひどい。
ジェイ:なに?るりかちゃん。
妙子:しかもほんとに無視してるし。
るりか:主人公の名前って、思いっきり元ネタって、ありません?
ジェイ:うん、まあ色々と、わかりやすい元ネタが、ねえ。
妙子:あたしの結末も、なんか分かりやすそうですけどね。
るりか:ひたすら卑屈ねえ、妙子さん。
妙子:卑屈にもなるわよ、まったく。正月早々から!
るりか:それも新世紀早々から、ねえ(爆)。せっかく今年はまたセンチも盛り上がりそうなのに。
ジェイ:そうなの?
るりか:だってほら、プレステでセンチも出るみたいだし。2じゃないですよ、2じゃ。しかもオリジナルキャスト、らしいですからねえ。
ジェイ:オリジナルも何も、妙子ちゃんの声が元に戻るだけじゃない。大体2ってやったことないから変わったって言ってもよくわからないんだけど。
妙子:そうよねえ、その上ドリキャスはジリ貧だし。
ジェイ:こらこら、不穏当な発言をしないでよ。大体ドリキャスがジリ貧なのとセンチと何の関係があるっちゅーねん。
るりか・妙子:センチ2の存在が抹消される。
ジェイ:・・・それは・・・なんといっていいんだか。







ご意見ご感想は下記まで
komatsu@yk.netlaputa.ne.jp


宝物の間へ戻る 玄関へ戻る