「何してるんだろ、あの二人。」
 湖のほとりで弁当を広げながら、ふと、シンジはその方向を向いた。
 見ると、岸辺にレイとミハルが立って、何やら話を交わしている。
 「あらぁ?ひょっとしてアンタ、やきもちやいてるわけぇ?」
 「そ、そんなんじゃないよ。」
 だいたい、女の子同士じゃないか、と考えたシンジの脳裏に、ちょっと危ない想像が走る。
 「なにやらしいこと考えてんのよ。」
 「な、何にも考えてないよ!そう言うアスカの方こそ、変なこと考えてるんじゃないか!」
 「アンタは考えてることがすぐ顔に出るのよ。」
 当てずっぽう半分、真実半分のアスカの言葉。
 付け加えるなら、そこには紛れもなく"嫉妬"の感情も込められている。
 いつもならその対象はあくまでレイ一人であり、元々レイ自身そういったことに無頓着であるから、妙に冷静なレイの態度に苛つくことは会っても、必要以上に焦るようなことはない。
 だがそこにミハルという新しい存在があれば話は違う。
 本当にミハルがシンジのことを好きなのかどうか、という問題はさて置き、ああいう態度は癇に触る、というよりも、アスカの中に焦りのようなものを生んでしまうのである。
 挙句にレイまでもが、なんだか知らないがこんな所にのこのこと一緒に付いてきている。
 鈍感なシンジにはわからないが、明らかにいつもとは違う態度、表情を浮かべて。
 そんなレイや、何よりミハルの態度が、ほんの少し前の、シンジにとってもアスカにとっても、お違い違った意味で苦い思い出を思い起こさせるのであった。


新世紀エヴァンゲリオン
Irregular Episode


Cain
〜鏡の中の絆〜
The girl who reflected in mirror,What is your name?





−6−


 『だいたいシンジが悪いのよ。すぐそばにアタシがいるのにいつもいつも別の女や新しい女にばっかりたぶらかされて。』
 ミユキにレイ、ミハル、そしてもう一人忘れたくとも忘れられない一人の少女。
 そういった顔ぶれを思い出すと、そんな気持ちがアスカの心の底に浮かんでくる。
 が、すぐに
 『よ、よく考えたらなんでアタシがバカシンジのことでこんな風に悩まなきゃいけないのよ!まるでこれじゃアタシがあいつのこと好きみたいじゃない。』
 と、自分の考えを慌てて打ち消す。
 この行為こそが、アスカの中に更なる焦りと不快感を生んで行くことに、彼女は気付いていない。
 自己の中で否定している想い、当然そんなものにシンジが気付くはずもなく、それがまた一層アスカを苛つかせる。
 自分から"好き"などといえないアスカにしてみれば、シンジに言わせて"仕方なく"一緒にいてやる、という形しか救いようがないのだが、今の状態ではとてもではないがそんな事は期待出来なかった。
 今もまた、シンジはアスカのそんな気持ちなどつゆ知らず、レイとミハルの様子を眺めている。
 だが、そこに写っているのは現実の景色ではない。
 レイにあの日の自分が、ミハルにあの日の、あの少女の姿が重なって、そうシンジの目には映っていた。
 まさかその先に、あの時の自分たちと同じような結果が待っているなどとは知らずに・・・


 シンジのそんな想いは、あながち間違いではなく、ミハルとともに岸辺に立つレイは、なにか不思議な気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。
 ミハルが寄せてくれているのは明らかな好意。
 感情を表に出すのが苦手なシンジや、所詮はレイの中にユイを見ているだけのゲンドウとは違う。
 まっすぐな、素直な好意。
 それは戸惑いを覚えさせながらも、同時にどこか心地よさのようなものも感じさせた。
 人を好きになること、好きといわれること、あの時の、シンジの気持ち。
 きっとどこかであの少女がスパイなのだと、そう気付いていながら、それでも少女をかばったあの時のシンジ。
 ゲンドウの命令という言葉の影で、かすかに嫉妬のようなものをレイは感じていた。
 それはアスカのようなものとは違う。
 人を好きになるということがどんな事か分からないから、だからシンジの気持ちが見えない。
 どこかでシンジは自分と同じでいてくれるという想いがあるから、だからなおさら、戸惑う。
 "裏切られた"というのは言い過ぎかもしれない、そもそもそんな単語はレイの頭の中にはない、だがあの時感じたのは間違いなくそんな想い。
 けれど今のレイには、何だかあの時のシンジの気持ちが分かるような気がしていた。
 人を好きになるということ、痛くて、悲しくて、切なくて、心地のいいもの。
 だが皮肉になことにそんな感情が生まれたことが、後々レイにとって本当に悲しい思いを、悲しみというものを覚えさせることになる。
 まさに、あの日のシンジとまったく同じように・・・


 「ウッ!」
 不意に、ミハルが胸を押さえてうずくまる。
 本来であればすぐ横にいるレイが気を回すべきなのだろうが、生憎とそういった方面の知識、というより気配りのようなものを、レイは心得ていない。
 正確には、こういった状況で具体的になにをしたらよいのかが、分からないのだ。
 だから、レイにしては珍しく、いや、初めて感じる感情といってもよい、ミハルを心配するような気持ちが湧き上がってきていても、どうすることも出来ない。
 いつものレイでは考えられない、不安げな、心細げな表情を浮かべ、立ち尽くし、そして、困ったようにシンジの方を彼女は見た。
 仕方なく、と言っても本当に仕方なく、などと思っていたわけではないが、シンジが、ミハルの元に駆け寄ろうとした、その時。
 湖の中央あたりが、急に盛り上がり、ザザーという派手な、水の流れおちる音とともに"それ"がシンジたちの前に姿を現した。
 さながら一昔前の怪獣映画に出てくる怪獣のような出現の仕方をしたそいつは、その容姿もまさに怪獣そのものであった。
 「あれ、こないだ見た奴に似てる。」
 トウジとミハルと共に見た、というかケンスケに見せられた昔のビデオの中に出ていた怪獣に、それは酷似していた。
 無論シンジは、いやトウジやミハルも、ケンスケと違いそう言った方面のマニアではないから、その怪獣の名前も覚えてはいない。
 が、ビデオの怪獣も湖から出現しており、妙にそのシチュエーションが似ていたが為に、シンジはそのことを思い出していたのである。
 しかし、"怪獣"、それも明らかにどこかで見たことのあるそれの出現に、半ば狂喜しているケンスケや、逆にまるで興味もなければ、あいも変わらず鈍いトウジはそのことに気付いていなかった。
 無論、うずくまるミハルにそんな余裕はない。
 そしてその奇妙な一致の中に、真実が隠されていたことには、シンジも気付いてはいなかった。
 正確に言えばその妙な偶然の中に何か違和感のようなものを感じはじめてはいたのだが、次のアスカの言葉が、シンジを現実に立ち戻らせ、そのことを忘れさせたのである。
 「使徒だわ!」


つづく






新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。



Cain 第6話 公開です。
毎度ありがとうございます。

突然ミハルの身に異変が...
そして現れる使徒。

急展開の予感です。

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