「エレキング?」
そう呟いた日向の言葉の意味は、青葉にもマヤにも分からなかった。
「なによ、それ。」
怪訝そうな顔の二人に変わって、リツコが日向に尋ねる。
「いや、昔見たテレビに出てきてた怪獣に似てるな、とか思って。知りません?」
「知らないわよ、そんなの。」
関係ない、とばかりに冷たく言い放つリツコ。
「はあ、そうですか。」
「第一今、そんなこと知ってたってどうにもならないでしょ。あれは使徒で、戦わなくちゃいけないのは私たちとエヴァ。ウルトラホークがあるわけでもウルトラセブンが助けに来てくれるわけでもないんだから。」
知ってるじゃないか、と日向は言おうとしたが、その瞬間リツコが恐い顔でこちらを向いたので、慌ててとめる。
どうやら考えが読めたらしい。
「湖の秘密、ってやつか。」
そんな下の様子の見ながら、冬月がそう呟く。
「なんだ、それは。」
いつものポーズでゲンドウが、努めて冷静な声でそう尋ねる。
「いや、何でもない。わからんならそれでいいさ。」
「・・・冬月、ピット星人なら出てこんぞ。」
新世紀エヴァンゲリオン
Irregular Episode
Cain
〜鏡の中の絆〜
The girl who reflected in mirror,What is
your name?
−7−
司令室でそのような何ともいえないやり取りが交わされていたそのころ、ミサトは車を走らせていた。
無論、シンジやアスカたちを回収する為、である。
「もっとスピードでないの、こいつ!」
怒鳴りながらアクセルを目いっぱいに踏み込む。
いつも使っているアルピーヌA310ではなく、同じルノーでも今ミサトが駆っているのは小型のトゥインゴであったから、いつもに比べてスピードが出ないのは仕方がない。
そもそもべろんべろんによった挙句、加持のアルファロメオを巻き込んで大クラッシュをかました自分が悪いのだが、そういうことなどは当然棚に上げるのがミサトという女性なのだ。
このあたり、アスカとにかよる部分があるような気がするのは気のせいだろうか。
年代的にはトゥインゴの方がはるかに新しいのだが、どちらもセカンドインパクト後にレストアしたものであるから、本来の年代などはこの際関係ない。
第一レースに出ることを前提として設計されたアルピーヌと、街中を走ることを目的としたトゥインゴでは、同じように走れないのが当たり前なのである。
が、そういった理屈で自分を納得させるのはリツコの領分であってミサトにそれを望むのは無理であろう。
「やっぱターボとニトロ積んで、エンジンもツインエンジンにしなくちゃ駄目かしらね。」
ふと、昔マンガで見た、トゥインゴとよく似たホンダの車を思い出してミサトはそうつぶやいた。
◇
「ちょっとシンジ!変なとこ触んないでよ!」
「しょうがないだろ、狭いんだから。」
元々あまり大きくない車、だいたいが4人乗りの車である。
いかにシンジたちがまだ中学生とは言え、後部座席に三人乗るのは、若干、辛いものがある。
「だいたいその女まで連れてくることないじゃない。」
「しょうがないでしょ、苦しんでるミハルちゃんをほおってはおけないじゃない。」
悪態を突くアスカにそう説明するミサトの横、助手席にはミハルの姿があった。
病人をほおってはおけない、というのはもちろん本心であるが、実はそれ以外にも理由があった。
だが連れて行かなければならない理由があるのはリツコであって、その内情はミサトも知らない。
横を見やると多少は楽になったのか、穏やかな顔をミハルはしていたが、まだ幾分辛そうでもあった。
ミハルがいるがゆえに、狭い後部座席にアスカ、シンジ、レイの三人が押し込められた格好になっている。
その狭さ、というよりも密着しているシンジに我慢がならず、いつものように怒鳴り散らすアスカ。
やはりいつものようにそんなアスカと言い合いをしつつも、両側のアスカとレイの感触に、顔を赤らめているシンジ。
「スケベ。」
「な、なんだよ。」
そんな状況など意に介さないレイ。
いつものこと、というよりミハルのことが心配、というのがミサトには見て取れた。
レイにしては珍しく、感情を見せている。
カーブに差し掛かり、車体に強烈なGがかかる。
当然、乗っているシンジたちもそのGに押され、
「あ、ごめん。」
よろめいたシンジの髪が、レイの頬に触れる。
「・・・いいの。」
そんなシンジに、心なしか顔を赤らめるレイ。
ミハルの存在が希薄な彼女の感情を呼び起こしたのか、それとも、沸き上がってくるミハルへの想いが、彼女を情緒不安定にさせているのか。
どちらにせよ、明らかにいつものレイとは、様子が違っていた。
「なあによ、二人してそんなとこでいちゃついて。」
「そ、そんなんじゃないよ。」
「・・・あなた、ひょっとして妬いてるの?」
「なんでアタシがバカシンジなんかに妬かなきゃいけないのよ!!」
そんな状況に頭を痛めつつも、ミサトはトゥインゴをネルフへと急がせた。
◇
「エヴァ各機、発進します。」
マヤの澄んだ声の響く司令室。
ミサトを含めたいつのもメンバーが顔を揃え、モニターにうつるシンジたちの様子を見守っている。
いや正確にはリツコの姿だけは、この場にない。
だがそこに込められた意味に、ミサトは気付いてはいなかった。
◇
「ううっ」
それまで小康状態を保っていたミハルが、不意に呻く。
ここはリツコの部屋。
ある意味ネルフの保健室と呼んでもいい設備が揃っているから、ミハルをここに運び込む、とリツコが言った時、ミサトもシンジやレイも、別段疑念は抱かなかった。
だが、真実は・・・
「うぅ!」
もう一度呻いたミハルの胸元に、一筋の傷が走る。
「やはり、ね。」
そう呟くリツコの視線の先にあるのはモニター。そこに今映っているのは使徒に斬りかかっているアスカの弐号機である。
なぜかATフィールドを張ろうとしない使徒に対して、アスカがソニックグレイブで斬りつける。
斬りつけられたその傷は、ミハルのからだに浮き出てきた傷と、まったく同じ位置であった。
斬りつけたアスカが避けたところに、シンジとレイがパレットガンを打ち込む。
弾丸は容赦なく使徒を打ち据え、
「このままではこの子の身が持たない、わね。」
腹部からいきなり大量の血を吹き出したミハルを、リツコは冷静に見下ろすと、なにかの薬を持ち出してきて、彼女の腕にそれを注射した。
「私の想像通りなら、これでとりあえずは・・・」
リツコが打ったのは麻酔薬であったようで、ミハルはすぐに深い眠りへとおちた。
と同時にモニターの向こう、シンジたちの目の前で使徒がその姿を消した。
文字どおり、その場からか掻き消えるように。
そして、使徒が消えたとたん、ミハルの出血も止まり、傷口も嘘のように消えてなくなっていた。
「今回はちょっと、厄介かもね。」
物憂げな表情で、リツコは一人、呟いた。
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
リツコさんはいったいなにを知っているのやら
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