それは、雨の日の出来事であった。
セカンドインパクトによる環境の激変、それに伴い日本からは季節と言うものがなくなっていた。
だから、9月、という言い方をされても、そこに秋を感じることはない。
そしてその時期に付物の台風。これもまた、めったに見られなくなっていた。
「何年ぶりかな、台風が関東に上陸するのは。」
「さあな。」
冬月の問いに、ゲンドウは素っ気無く答える。
「ま、ここにいる限り、台風も何も関係ないけどね。」
別に冬月たちの会話に合わせたわけではないのだろうが、不意に、日向マコトはそう呟いた。
確かに、地下にあるジオフロントでは上に台風が来ようと、どうなることではない。
「こうなると、台風であたふたしていたのも懐かしい、ってか。」
日向の言葉に、青葉シゲルが相槌を打つ。
「私なんか結構、楽しみでしたけどね、こういうの。」
「へえー、意外だなあ。」
伊吹マヤのそんな言葉に、日向が意外そうな視線を向ける。
「だって、学校が休校になるでしょ。」
日向の言葉にマヤはそう笑顔で返す。
「休校、ねえ。」
「あ、葛城さん。」
3人の会話に割って入ってきたのは、葛城ミサト。
「遅いわよ、ミサト。」
そのミサトを、今まで静観していた赤木リツコがたしなめる。
「ごめーん、台風のせいで道が混んでたもんで・・・」
「言い訳は聞かないわ。」
どうにもノリの軽いミサトと、対照的にあくまで事務的な態度のリツコ。
この二人が親友同士、というのだから世の中不思議である。
「台風かぁ。」
リツコの冷たい視線など意にも介せず、ミサトはモニターを見つめる。
そこに映るのは、雨の第三新東京市。
「シンちゃんたちも、今日はお休みかしらね。」
そういってミサトは、マヤの煎れてくれたコーヒーに、口をつけた。
新世紀エヴァンゲリオン
Irregular Episode
Cain
〜鏡の中の絆〜
The girl who reflected in mirror,What is
your name?
−1−
第三新東京市。
"使徒"と呼ばれる謎の敵。
その敵を、迎撃するために建造された街。
しかし、それでもまた、人々が生活する"都市"であることに変わりはない。
そして、そこで営まれている生活は、我々が知るものと、そう大差はない。
テクノロジーが進んだ、といったところで自然には勝てないことに変わりはなかった。
ましてや台風など滅多にこない。
滅多にないことだからからこそ、その対処にも慣れていない。
そのうえ関東直撃、しかも希に見る超大型台風であれば、なおのこと対策に苦慮するのである。
「ま、学校が休校になるっちゅーのは、わいらにはありがたいことやけどな。」
「できれば、学校に行く前にそう言って欲しかったけどな。」
そう言って鈴原トウジと相田ケンスケは塗れた髪を拭いていた。
この雨では傘などあっても役には立たない、彼らの姿がそれをあらわしていた。
「できれば、シャワーでも浴びたいんだけどなあ。」
浴室の方を見つめて、ケンスケが呟く。
濡れたままでは気持ちが悪い、ということなのであろう。
トウジなどはほおっておけばのうち乾く、という頭があるので、そう言う考えは浮かばない。
三馬鹿、などと普段は一くくりにされているが、実状は、このように三人三様なのである。
「ごめん。今アスカが使ってるから。」
そう言って出てきたのは、三馬鹿の残る一人、碇シンジ。
ここは彼の家である。
正確にはシンジの上司兼保護者である、ミサトの家、であるが。
「ふーん。」
とさも興味もなさそうな顔で、ケンスケは答えたが、当のその人物はそうは感じなかったようである。
「アンタたち!覗くんじゃないわよ!」
脱衣所から顔だけ出して、その人物、惣流アスカは怒鳴った。
「だーれが覗くかい、あほ。」
と悪態をつくトウジではあるが、それで納得するアスカではない。
「はん、どーだか!」
「見たくもないわ!そんなもん!」
「そんなもんとはなによ!」
「そんなもんだからそんなもんゆーたんや!」
「そーゆーこと言ってんと、ヒカリに言いつけるわよ!」
「いいんちょーは関係ないやろ!」
機関銃のようなやり取りを、シンジとケンスケはあきれきった顔で見つめていた。
「よくやるよ、ほんとに。」
「平和だな、こいつら。」
そのケンスケの呟きに、シンジはそっと外を眺める。
「平和、か・・・」
使徒の脅威に晒されている、という事実。今は決して平和ではない、という事実を、シンジは一瞬忘れた。
こんな、何気ない日常の風景が、シンジに平和、幸せ、温かさのようなものを感じさせていた。
「綾波は、どうしてるだろう。」
そういう温かさとは無縁の少女、その少女の姿をシンジは思い出していた。
◇
その綾波レイは、雨の中を歩いていた。
使徒はしばらく来ていない、ネルフでのテストも、ない。
とはいえ、家に帰ったとて、やることがあるわけでもなければ、家でくつろぐ、というわけでもない。
かといって別に好きで街をぶらついているわけでもない。
ただ、何かにひかれるような感じがして、レイは街をさまよっていた。
それがなんであるか、彼女自身わからぬままに。
不意に、そのレイの視線がある一点で止まる。
雨の中、傘も差さずに、その少女は立ち尽くしていた。
こういう言い方は変であるが、レイですら、傘を差すような雨。
いや、嵐といった方が正確であろう。
理屈として、この風と雨では傘は役に立たない、というのはわかるが、だからといってこの雨の中を、傘も差さずにいる、というのは異様なことである。
が、平時のレイならば、そんな人間がいたとて、気にも留めなかったであろう。
しかし、この時のレイには、その少女の姿が妙に気にかかった。
彼女こそが、自分を呼んでいたのではないか、そんな気がした。
「濡れるわ。」
自分でも気付かぬうちに、レイは少女に傘を差し出していた。
遠目では気付かなかったが、少女は泣いていた。
この時のレイは、涙、というものをまだ知らない。
涙と雨粒の区別すら、今の彼女にはつきようもなかった。
だが、なぜか、彼女が泣いていると、悲しんでいると、レイは感じた。
表面的なものではなく、心が泣いているのだと。
「心が、痛いのね。」
悲しみを知らないはずのレイが、なぜか悲しみを悟った。彼女の心が、直接レイの中に流れ込んでくる。
「お母、さん・・・」
同じぐらいの年であろうその少女は、母を呼び、レイに抱き付いた。
「私は、あなたのお母さんではないわ。」
そう言いながら、レイは少女の頭をそっとなでる。
まるで、母親のように。
それは、レイの中の碇ユイの心が、させたことなのかもしれない。
そしてその行為が、レイに彼女という存在を理解させた。
「そう・・・」
自分の腕の中で泣きじゃくる少女を、静かに見つめ、レイは呟いた。
「あなたは、私と同じなのね。」
それが、綾波レイと、名取ミハルの、最初の出会いであった。
つづく
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Cain 第1話 いただきました。
3バカ+1はいつもの平和な日常...
同じころ出会うレイと謎の少女ミハル。
これからの展開が楽しみです。ジェイさん期待してます。