「ほんとに、ミユキ?」
 名取ミハルに生き写しなその少女。図らずも先ほどまでのシンジの言動が立証されたわけではあったが、そんなことは今のシンジ、いやシンジ以外の人間にも、頭にはなかった。
 「なによ、その言い方は。幼なじみの顔を忘れちゃったわけ?」
 抗議を上げるその声は、だが言葉とは裏腹に穏やかである。
 そんな物腰のせいか、おそらくはシンジたちと同い年なのであろうが、どこか大人っぽい印象を受ける。
 アスカのように背伸びしている、という風ではなく、自然に、そして落ち着いた雰囲気というところであろうか。
 なればこそ、アスカにしてはなお一層面白くないところではあるのだが、さすがにこの場でそれを口にはしない。
 「な、なんでここに?」
 「ああ、そう言えばシンジは知らなかったわね。私ね、兄さんがいるのよ。」
 「お兄さん?」
 「ええ、10歳も離れてるし、私が物心つく頃に全寮制の学校に入って、あとはそれっきりだったからシンジが知らないのも無理はないけど。」
 当然、シンジの記憶にはない。
 「それで、父さんが海外に転勤になっちゃったものだから、兄さんのところに居候させてもらおうと思って。」
 「ここにいるんだ、お兄さん。」
 「ええ。」
 そう言われてふと、シンジはある一人の人物に思い当たった。
 「もしかして、ミユキのお兄さんって・・・」
 「青葉、シゲルって言うの。」



新世紀エヴァンゲリオン
Irregular Episode


Cain
〜鏡の中の絆〜
The girl who reflected in mirror,What is your name?





−3−



 「ネルフ、って読むの?」
 そのミハルの問いに、レイは小さく頷いただけであった。
 素っ気無い、といえば素っ気無いのだろうが、それすら、平時のレイなら考えられないことである。
 レイ自身、どこか戸惑っていた。
 自分に似ている、と感じはしたものの、その思いの根幹が、どこにあるかは自分でも分からない。
 分からないままに、彼女をここへと連れてきてしまった。
 「関係者以外は、入れないから、ここ。」
 そんなレイの言葉に、ミハルは不機嫌そうな表情を見せる。
 「えー!?ちょっとぐらい、いいでしょ?」
 妙に馴れ馴れしい態度。
 ずけずけと他人の中に入ってくる。
 好き、嫌いという考え方で、レイは人を捉えることはない。
 だが、こういったタイプは少なくとも、得意ではない。
 苦手なタイプ、といっても良かった。
 だから、アスカとも必要以上に接することはない。
 ただ、綾波レイが碇シンジと違う点は、物事をはっきり言う、という点である。
 苦手なタイプ、だからといって臆するわけではないのだ。
 これがシンジであったなら、あっさりとミハルに押し切られていただろう。
 そういえばたしか、これと似たようなことがあった。
 あのときシンジがどうしたのか、思い返してみる。
 困っているシンジに、レイもアスカも手助けをしようとはしなかった。
 結果、シンジはスパイの疑いのあった、いや、実際に軍のスパイであった少女をネルフの敷地内に入れてしまったのである。
 それを知った時、アスカは烈火のごとく怒ったのだが、それが本当にネルフの機密、というものを考えてのことだったのかどうか、定かではない。
 それどころか、ネルフの任務、ゲンドウから命じられたこと、シンジに対してそれが一番大切だといった自分の言葉さえ、言葉通りなのかどうか、分からない。
 憤りの理由がなんだったのか。
 少女がスパイであったからなのか。
 それとも、少女があまりに素直に、シンジに対する好意を表していたからなのか。
 自分が望んで、けれどできないことを、簡単にやってのける少女に嫉妬したからなのか。
 ・・・嫉妬。
 そんな感情、そんな単語さえ、レイは知らなかった。
 「・・・綾波、さん?」
 考え込んでしまったレイの顔を、ミハルが除き込む。
 「とにかく・・・」
 ここには入れない、と言おうとしたレイに、ミハルがぴたりと張り付く。
 「こうすれば、入れるでしょ。」
 くしくも、あの時少女がシンジにしたのとまったく同じ行動。
 その行動に、レイは戸惑った。
 そして、
 「そうね。」
 そのレイの口からは、意外な言葉が漏れていた。
 シンジとゲンドウ以外には見せたことのない、微笑みを湛えて。




 「ちょっと、こっから先は・・・」
 「関係者以外立ち入り禁止、ですよね。」
 別ルート。
 レイたちのいる場所とはまた違う入り口の前に、シンジとアスカ、そしてミユキがいた。
 しれっとした表情で、ミユキはIDを取り出す。
 「一応、私も関係者、ですから。」
 父経由か兄経由かは知らないが、確かにそれは正当なIDであった。
 が、たとえ家族が勤務しているとて、それは何かおかしい。
 しかし、そのおかしさに、シンジもアスカも気付くことはなかった。
 そのIDを発行したのが赤木リツコだということも。
 その目的も。
 そしてその目的が、実は彼女自身ではなく、もうひとりの彼女であるということは、リツコさえも、知ることはなかったのである。

 




 「へえ〜、すっごいんだ〜。」
 あまりに場違いなその少女の声に、発令所にいた者たちが視線を向ける。
 見知らぬ少女。
 なぜ、というその問いは、だがもう一つの驚きにより、一瞬遮られた。
 その横に立つ、見知った少女の存在。
 その少女が、彼女をここに招き入れたのであろう事は、容易に想像がついた。
 だが、驚きの原因もまた、まさにそこにあった。
 我が侭放題なアスカや、すぐに押し切られてしまいそうなシンジなら、こういった行動も理解できる。
 無論、理解できるからといって、許されることではないが。
 しかし、今その少女の横に立っているのは、綾波レイであった。
 もっともありえない、不可解なこと。
 そうであるから、その場にいる誰もが、レイに尋ねることも、叱責することもできずにいた。
 ゲンドウや、冬月たちでさえ。
 もっともゲンドウたち、そして赤木リツコにとっては、今一つ、驚くべき要因もあったのだが。
 先ほど、見知らぬ少女、と書いたが、実は彼らはその少女を知っていた。
 正確には彼女と同じ顔を持つ少女を、であるが。
 その少女が、ネルフの施設内にいる、というのは実のところ考えられる事態であり、それ自体は驚くに値しない。
 だが、その少女がレイと共にいる、というのはまったくもって意外だった。
 そして後で知ることになるが、その少女が彼らの知る少女と別人であるということも、また、意外なことであった。
 そんな人々の驚愕の渦の中、おそらくもっとも驚いていたのはこの男であったろう。
 少女に向かって青葉シゲルはこう呟いた。
 「ミユキ、なのか?」



つづく







新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。




Cain 第3話 いただきました。

はやり、ミユキは青葉シゲルの妹でしたか...
ネルフに入ったミハルとミユキ。
ミユキに対してはリツコが絡んでいるようですが
ミハルに関しては?

今後の展開が楽しみです。


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