「あ、私、名取ミハルって言います!」
場違いなほど元気な声で、ミハルはそう挨拶をした。
「ミハ・・・ル?」
聞きなれないその名前。
どこかで聞いたことのある、その名前。
その名を反芻し、青葉シゲルはふと、ある一つのことに思い至った。
「ミハル・・・なのか?」
ミユキではない、彼の、もう一人の妹の存在に。
新世紀エヴァンゲリオン
Irregular Episode
Cain
〜鏡の中の絆〜
The girl who reflected in mirror,What is
your name?
−4−
「なるほどね。」
伊吹マヤのいれたコーヒーに口をつけ、赤木リツコは静かに呟いた。
名取ミハル、その正体は幼い頃に生き別れた青葉シゲルの妹であった。
ミユキにとっての双子の妹でもあるのだが、当の本人たちはそれを知らない。
「二人が生まれてすぐに両親が別居して、ミハルだけが母親に引き取られたんですよ。」
が、傍目からは仲のいい夫婦であった青葉夫妻が、なぜ別居に至ったのかは、シゲルでさえ知らない。
だが、
「と、すると・・・問題なのはミユキちゃんではなくてミハルちゃんのほう、ってことかしらね。」
「赤木・・・博士?」
不意に真剣な顔で呟いたリツコに、シゲルが怪訝そうな顔を見せる。
「あ、何でもないわ。気にしないで。」
「はあ。」
気にしないで、とは言うものの、その表情を見れば気にせずにはいられない。
一瞬見せたリツコの表情は、青葉の心に影を落とすほど、深刻そのものであった。
ミハル。
実の兄であるシゲルですら、彼女のことを詳しく知っているわけではない。
あるのは幼い頃のおぼろげな記憶だけ。
父も、母やミハルのことについては、なぜかあえて触れようとはしなかった。
なにか事情があるだろうことは、シゲルにも察しはついた。
だから、あえて尋ねることもしなかった。
だから・・・
◇
「すっごーい。」
先のミハルと、どこか似たような声がして、シゲルたちは振り向いた。
そこには、シンジやアスカと共に、見慣れぬ、いや、正確に言えば今さっき見たばかりの、ここに今いるはずの少女の姿があった。
「ミユキ!」
振り返ったシゲルの、その視線の先にいたのは今度こそ確かに彼の妹、青葉ミユキであった。
だが、そのミユキの視線はその時、シゲルの方を向いてはいなかった。
「あなたは・・・誰?」
そう言われ振り返ったミハルの瞳にも、驚きの色が現れていた。
「あなたこそ・・・誰なの?」
それがお互いを知らずに育ってきた姉と妹の、再会の言葉であった。
◇
「私の、妹?」
そう言ってミユキは怪訝そうな表情を兄の方に向ける。
シゲルの口から事のいきさつを聞かされたミユキとミハルであったが、お互いにまだ、釈然としない表情をしている。
十何年も経って双子の姉妹がいる、と聞かされれば確かに彼女たちの気持ちも分からないではないが、その表情には今一つの理由があった。
「ちょっと、なんでシンジくんにひっついてるわけ?"お姉さん"は。」
明らかに刺のある言い方でミユキの方を睨むミハル。
「それは、その。シンジは幼なじみ、だし・・・」
「ふーん、"ただの"幼なじみ、ね。」
「なによ、その言い方は。」
双子、と入っても育ってきた環境が違うからか、明らかにその性格は違って見えた。
ずけずけと物を言うミハルに対し、どこかおとなしい印象を受けるミユキ。
似ている部分があるとすれば、どうやらシンジのことが好きらしい、ということぐらいであろう。
がそれはミユキにしてみれば面白くない。
彼女にしてみればシンジは幼い頃から一緒に育ってきたわけであり、実の妹であるミハルよりも、よほど近い存在にある。
ことここに至るまでの経緯からすれば、"シンジは私のもの"とか"シンジには私がついてないと駄目"的な考えも少なからずある。
それをポッと出の女、それも実は自分の妹である、に取られるようなことがあれば、面白かろうはずもない。
昨日今日であったばかりのくせに、という想いもある。
が、それを口に出来ないのがミユキという少女なのだ。
一方のミハルにすれば、実のところ本当にあったばかりのシンジが好きなのかどうか、という確信はない。
しかし、いきなり自分の前に自分と同じ顔の少女が現れ、挙句姉だ、と言われればどこか対抗意識のようなものを燃やさずに入られないのが彼女なのである。
結局のところそんな争いに巻き込まれたシンジが、一番不幸なのかもしれなかった。
◇
「まったく、なにやってんだか。大体バカシンジもバカシンジよね。」
壁にもたれてアスカがそう文句をたれる。
当然、こんな状況はアスカにとっても面白いものではない。
「そうね。」
そんなアスカにレイが気のない返事を返す。
「?」
そんなレイの態度はいつもと変わらないものであって、いちいちそんなことに腹を立てていてはやっていけない。
が、それでも何かと難癖を付けるのがアスカなのだが、言おうとしてその口が止まった。
なにがどう、とは言えないが今日のレイの態度はなにかがおかしい。
明らかにその顔には、困惑と、なにか悪い予感、そして幾ばくかの嫉妬のようなものが浮かんでいた。
それはほんの僅かな表情の変化であったが、普段まったく表情を表に出さないレイだけに、その僅かな差が、はっきりと分かるのだ。
「なに・・・考えてんのよ。」
「なんでも・・・ない。気にしないで。」
表向きはいつものやり取り。
だが二人の少女の胸のうちには、いつもとなにか違う違和感が、渦巻いていた。
つづく
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。