「シーンージーくん。」
 ミユキとミハルが第三新東京市に来て一週間が過ぎていた。
 姉への対抗意識からか、それとも元来がこう言う性格であるからか、どちらにせよここ一週間のミハルのシンジへの接し方は、積極的、それも度を越えたものであった。
 元々幼なじみであるはずのミユキよりも、である。
 もっともミユキの方がどちらかといえばおとなしい性格をしている、というのも原因の一端なのであろうが。
 そのミユキもまた、シンジたちのクラスに編入されていた。
 「まったく、大体シンジも悪いわよ。」
 そう呟きアスカはミユキの方を向き直る。
 「あんたの妹でしょ、あれ。何とかしなさいよね。」
 「そんなこと・・・言われても。」
 「うかうかしてるとシンジ、取られちゃうわよ。」
 それはアスカにも当てはまる話であるのだが、そういうことを表に出さない、いや出せないのは彼女のプライドの問題であろう。
 アスカがシンジに好意を持っている、というのはミユキには分かる事ではあったが、差し出がましいと思ってか、それを彼女は口にしない。
 そういう性格がまた、アスカにしては苛立たしい限りであった。
 見透かされているような、どこか余裕を見せ付けられているような気がして。
 「まったく、姉妹揃って・・・」
 二人の存在がどこか歯車を狂わせ始めていた。
 そんな様子をレイだけは、いつものように、いや、いつもよりもほんの少しだけ興味深く、見つめていた。



新世紀エヴァンゲリオン
Irregular Episode


Cain
〜鏡の中の絆〜
The girl who reflected in mirror,What is your name?



−5−


 「ね、ね。みんな今度の日曜ひま?」
 屈託のない笑顔で唐突にそうミハルは切り出した。
 「え、暇・・・だけど?」
 どこかその勢いに押されながら、シンジが答える。
 「わいらも別に予定はないなあ。」
 「そうだな。」
 とトウジとケンスケ。
 「私も、別に予定はないわ。アスカは?」
 そう言ってヒカリはアスカの方を振り向く。
 これもある意味彼女なりの配慮であろう。
 直接ミハルの口から出た言葉なら、アスカの性格上無視しかねない。
 ミハルはそういったことを根に持つような性格ではないように見えるが、ことさら波風を立てたくもない。
 だから、こうやってヒカリが間に立つことが必要なのだ。
 相手がヒカリであればアスカとて多少は歩み寄らざるをえないという状況があるからである。
 もっとも多少、というより少々、という表現の方が適切かもしれないが。
 「別に・・・アタシも暇だけど。ここんとこ使徒も出てきてないし。」
 ありありと不機嫌そうな表情を浮かべ、アスカはそう答えた。
 「綾波、さんは?」
 ふと、今はじめて気付いたかのように、ミハルがレイに話をふる。
 「別に、何もないわ。」
 「じゃあ、みんなでピクニックとか、行かない?今度の日曜日。」
 レイのその言葉を受けて、ミハルがそう提案する。
 表向きミハルはシンジにべったりに見えるから誰も気付いてはいないが、どうも彼女にはそういう部分がある。
 どこか彼女がレイを意識している。好意?興味?それとも・・・
 そんな本人ですら計り兼ねている意識に気付いていたのは、当のレイとそして、ミユキだけであった。
 「まあ、僕はかまわないけど。」
 そう言ってシンジは、ふと、ミユキの方を見やる。
 レイに対する態度とは対照的に、ミハルはミユキのことを避けているように見えた。
 そしてそれはミユキにも言えていることであった。
 姉妹だというのに、いや、おそらくは姉妹であるからこそ、二人の間には見えない壁があった。
 一瞬、気まずい空気。
 だが、
 「私は、ちょっと用事があるから。」
 そんな空気を感じてか、ミユキは静かにそうつぶやいた。
 「・・・そう。」
 幼なじみであるから、シンジも特にミユキのことに関しては多少、気を配っていた。
 どこかぎくしゃくしている姉妹を、気にかけてもいたのである。
 が、無論その原因の一端が自分にあるとは気付いてはいない。
 だから、そういったミユキの表情が落ち着いているように見て取ると、シンジは多少、安堵していた。
 しかし、シンジの想うほどに、ミユキの内面は落ち着いているわけではなかったのだ。
 その胸のうちには、静かにではあるが、確かに、妹への嫉妬、いや、コンプレックスのようなものが揺らめきはじめていた。



 「でも。」
 「なに?」
 「こういうのに、綾波が来るとは思わなかったな。」
 「そう?」
 そして、良く晴れた日曜の朝。
 まだ時間には早く、待ち合わせの場所に来ているのはシンジとレイの二人だけ。
 アスカは、といえば
 「女にはいろいろと出かける前に準備がいるのよ!」
 といってシンジだけ先に家を出させていた。
 レイとて女の子、ではあるが、普段はいつも制服を着たきりの彼女のことである、そういった準備、つまりおしゃれとかそういったものに気を配るようには思えない。
 だが、そんなシンジの考えに反して、今日のレイはいつもの制服姿、ではなかった。
 髪の色と合わせた、水色のワンピース。
 思えば、シンジがはじめてみた、レイの私服姿、である。
 「あ、その・・・良く、似合ってるよ。」
 「なにが?」
 「あ、その、服。いつもと違うから、さ。」
 「そう?私そういうこと、わからないから。」
 「ああ、そう。」
 場が持たなかったせいなのか、それとも本当にレイの私服姿にどぎまぎとしてしまったせいなのかは分からないが、柄にもなくシンジはそんな事を言ってみたが、レイの態度は相変わらず、素っ気無いものであった。
 だが、そう見えるのはシンジの鈍感さのせいで、よくよく見ればほんの少しだけ、頬を赤らめ、いつもより本当に少しだけ、レイはやわらかな表情を見せていた。
 「綾波はさ、いったことあるの?湖、とか。」
 ミハルの提案したピクニックの行き先は芦ノ湖。まあ、第三新東京市に住んでいて、中学生、という年齢を考えればどうしても行き先は自ずと決まってくる。
 「あるわ。人型兵器事件のときには、あそこに出撃したもの。」
 「いや、そう言うんじゃなくて、遊びに、とかさ。」
 「そういうの、私には必要ないから。」
 「あ、そう、だよね。ごめん、変なこと聞いて。」
 また、しばらく沈黙が続く。
 だが、次にこの沈黙を破ったのは、意外にもレイの方であった。
 「碇くんは、あるの?そういうこと。」
 「え?」
 一瞬迷った後、その問いが先ほどの話の続きだと気付く。
 「うん、一度・・・だけ。」
 それは楽しく、そしてはかなく、切なく、辛い、思い出。
 そこでの思い出が楽しければ楽しいほどに、それは、シンジにとって重く、辛くのしかかってくる。
 その気持ちは"今の"レイには、理解しえないものであった。



つづく





新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。



Cain 第5話 公開です。
今回は5000HIT記念を兼ねていただきました。
ありがとうございます。

しかし、ミユキ・ミハル・アスカに囲まれるシンジくん。
しかも、綾波ともなんかいい雰囲気のような.....

さあ、ピクニックはどうなることやら

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