「やはり、罠、なのでしょうか?」
 オークリー基地の周りに広がる、うち捨てたれた畑。
 コロニー落しの前まではアメリカ大陸でも有数の穀倉地帯であったが今や、そこで農業を営むものの姿は見えない。
 コロニー落着時の熱と衝撃は、土地そのものに重大なダメージを与えていたからである。
 手入れされる事もなく、うち捨てられたその畑の中に、数台の大きなトレーラーが停車していた。
 どこかの食品会社のロゴが入れられていたが、見るものが見れば明らかにそれは、不自然と言わざるをえない。
 そのトレーラーのなかで、二人の男が何やら言葉を交わしている。
 いかにも運輸業のドライバーといういでたちではあったが、その眼光は、一般人のそれではない。
 「誘っている、といえばおそらくそうなのだろうが、ティターンズの意識は今宇宙(そら)に向いている。もしかすると、心配するほどの事はないのかもしれんな。」 
 「しかし大佐。」
 「今の私は大佐ではない、クワトロ・バジーナ大尉だ。間違えんでくれよアポリー中尉。」
 「申しわけありません、大尉。」
 「罠であってもかまわんさ。そのために我々が、出張ってきているのだから。」
 窓の外、蒼く澄み渡った空を眺めながら、クワトロ・バジーナと名乗った男はそう呟いた。
 「しかし。」
 アポリーと呼ばれた男の方は、まだなにか納得のいかない表情を見せる。
 「こちらにはMSの一機すらないのです。それでは・・・」
 「准将の話と状況から考えれば、オークリー基地の連中が敵に回る事はなかろう。うまくすれば味方に回ってくれるかもしれん。あそこの戦力が使えれば、何とかなるはずさ。」
 「あそこに、ガンダムがあるって噂、本当なんでしょうか?」
 「さあな。だが、ティターンズのやりそうな事ではあるな。かつてのガンダムのパイロットのいるところに、わざわざガンダムを隠しておく。口実を作って、邪魔物を排除する。それが、奴等のやりかただ。」
 それをされないだけ、アムロ・レイは幸福かもしれない。
 やはりこの同じ北米で、ほとんど軟禁状態の生活を送っているであろうかつてのライバルを、そうクワトロは思い浮かべた。

















第五話 『月から来た少女』





 「ん?」
 ふと、クワトロは車の横に一人の少女が立っている事に気付いた。
 この付近の住人なのか、あるいは、オークリー基地に身内でもいるのか、そういう類だろうと、クワトロは思った。
 だが、なにかその少女に、クワトロには惹かれるものがあった。
 どこかその面影が、彼の知る一人の少女に、似ていたからかもしれない。
 その少女の名を、ハマーン・カーンという。
 「君、は?」
 咄嗟に、クワトロはその少女にそう話し掛けていた。
 年若い少女に、唐突にそう話し掛けるのは滑稽だし、みっともないという意識もありはしたのだが、なぜか、クワトロはそうしたい衝動を抑える事が出来なかった。
 「ナナイ、ナナイ・ミゲルといいます。」
 「なぜ、こんなところにいるのかね?」
 「誰かが、なにかが・・・呼んだような、そんな気が、したから・・・」
 戦争で独りぼっちになってしまったというその少女の、そんな物言いに、クワトロは確かになにかを感じていた。
 「それに・・・」
 そんなクワトロのかんがいをよそに、少女は続けた。
 「あなたたちに、伝えなければならないと、思ったから。」
 その言葉は、クワトロのみならず、コウたちオークリー基地の面々に決意を促すような、そんな類のものであった。






§






 クワトロ・バジーナがナナイ・ミゲルと出会いを果たしていたその時、サイド1にいる護も、一人の少女と再会を果たしていた。
 だがそれは、護をこのサイド1に呼び寄せた、件の手紙の、そして護にとっての運命の、その少女ではなかった。
 「護?」
 その言いようや声からして、件の少女でないのは明白ではあるのだが、自分の名を、それも本名を知るものとなると、かぎられた、ごく少数の人間だけである。
 「夏・・・穂?」
 振り返った護のその視線に飛び込んできた少女に、確かに護は、見覚えがあった。
 「あは、やっぱり護や。」
 「な、なんで・・・」
 状況を考えれば"あの手紙"の差出人がこの目の前にいる少女−森井夏穂−ではないのは明白であったし、そうであるなら、夏穂がコロニーにいるはずはないのだからそう思わず口走ってしまうのも当然であろう。
 もっとも、護より夏穂の方がそんな思いは強かったのかもしれないが。
 「何でって・・・そらこっちの台詞や。いくらこのコロニーが反ティターンズやってゆうたかて、こんなとこにおってええんか?シン・マツナガの甥っ子が。」
 その言葉が示す通り、彼女は護の素性を知っていた。
 知っているからこそ、護がここに炒るはずがないと、そう思うのである。
 「か、夏穂!そういうことを大声で・・・」
 「あ、ごめんごめん。」
 いくらティターンズの締め付けの緩いコロニーとて、突然"シン・マツナガ"などという名を口走るのはさすがにまずい。
 そういうことをわかってはいるのだが、思わず口をついてしまうのが夏穂という少女なのだろう。
 口が軽いとか、そういうわけではない。
 安心できる部分があるから、思わず口に出してしまったわけで、良く言えば拘りのない、悪く言えばちょっとうかつな部分があるのか、夏穂という少女だった。
 護が彼女と出会ったのはスウィートウォーターに護が来る半年ほど前のことである。
 したがって、彼女と分かれたのもつい最近の事であった。
 彼らが出会った、夏穂が住んでいたその街の名をグラナダという。
 月にある都市の一つで、戦時中はジオンの拠点の一つであった街でもある。
 一年戦争での所業から、ジオンはいかにも悪と言う認識を持たれている部分はあるが、無論、いくつかの許されざる行為をしたのは事実ではあるが、だからと言ってジオン公国という国が、徹頭徹尾非人道的な国家だったと言うわけではない。
 戦争の勝ち負けが単に人々の認識に影響を与えているだけで、別に連邦が正義の味方で、ジオンが悪の秘密結社であったわけではないのである。
 と言うより、戦争と言う状態であれば、どちらもが悪であり、どちらにもそれなりの正義というものがある。
 ようは勝った方がそれを正当化できるというだけの話であり、また、それを正当化させるだけの事も、とりあえずはしているのである。
 それが国家と言うものなのだから。
 だから、南極条約などと言う"決まり事"に無条件に従う部分もあるし、占領地に対して必要以上の圧政を強いる事もない。
 ましてやジオンには"スペースノイドの自治権"と言うお題目もあったから、コロニー居住者と月の人間と言うものの間で微妙な差違はあったにせよ、地球に住む人々ほどに、冷遇はされていなかった。
 そうであるから、夏穂の中にはジオンに対する特別な偏見はない。
 偏見がないどころか、拘りのない、さっぱりした性格の少女であったから、不条理に虐げられているジオン国民に、多少の同情を抱く面すらあった。
 だからこそ、彼女は護と出会う事が出来たのである。
 いかに戦時中拠点だったからといって、いや、そうであったればこそ、グラナダに対する連邦の目というものは厳しいものがあった。
 普通に考えれば、灯台下暗し、という考えはあるかもしれないが、護のような人間が自分から進んで赴くような場所ではないのだが、月の都市と言うものは、護たちのような人間にとって都合のいい構造を有していた。
 地球ではないから、当然地上の街とはその構造はまるで違い、月の都市というものは地下に作られる。
 仮に地上に作るにしても密閉された空間を作らねばならないから、地下に作る方が何かと都合がいいのである。
 そして、街の規模を大きくしていく際にも、それは言える。
 放射状に、平面に街を広げていくよりも、地下へ地下へと掘り進んでいく方が楽であるから、当然、街はそのように発展していった。
 が、元来人間と言うものは太陽の下で生活するものであって、そういう認識は、宇宙に広がっても変わるものではない。
 当然、地下に向かって街が伸びていったとしても、人々はより太陽に近いところに住みたがるから、下層に住むものというのは必然的に貧困層であるとか、あるいは何らかの事情があるものに限られてくるのである。
 そして大概の場合、最下層などは行政の干渉も受けないような、文字どおりのアンダーグラウンドと化す。
 住人は住人で一種の連帯感を持つから、脛に傷を持つものたちにとっては都合がいいのだ。
 もちろん、それにはそれなりのデメリットもあり、怪しいと分かりつつも連邦が手を出さない反面、一般の人間が寄り付く事もない。
 夏穂のような、拘りをもたない、それでいて、好奇心旺盛な少女のようでなければ。
 夏穂のような少女が、その場において明らかで異質であったように、護もまた、ある意味そこでは異質であった。
 もちろん、護の場合はそこにいる確固たる理由があったし、そこに住む住人たちと、おかれている状況自体何の変わりもない。
 だがそれでも、どこか、なにかが違った。
 そんな何かは、夏穂に、護に興味を持たせる理由としては、十分なものであった。
 そして、次第に打ち解け、護の過去を知るに至ったときには、興味は、わずかばかりの好意に変わり、ほのかな好意は、護が去っていくと同時に淡い恋心に変わった。
 それは、今も夏穂の心にあった。
 だから、彼女はここにいる。
 ティターンズのやり方に反発している、と言うのは確かに事実であるが、どこかでそれが起因している部分はあるのだ。
 ああは言ったものの、心のどこかではそれ、つまりこういう場所にくれば護に会えるかもしれないという期待があった。
 ただ、まさか本当に会えるとは夏穂自身思ってはいなかったが、
 だから、
 「なんで、こんなとこにおるん?」
 と、思わず尋ねてしまう。
 「ちょっと、ね、人に会いに、来ただけだよ。」
 そんな夏穂の問いに、どこか戸惑いを見せながら、護はそう答えた。
 「ひょっとして、女の子?」
 ちょっとからかうつもりで夏穂はそう護に問い返したが、すぐにその自分の言動を後悔した。
 護の表情を、見てしまったからである。
 躍起になって否定でもしてくれれば、それはそれで笑える話であったのだが、護の表情は明らかに今自分が言った言葉が、的を得ているという事を示していた。
 それも、その"女の子"とやらが、護にとって決して軽い存在ではないのだという事も、夏穂には分かってしまった。
 「そう、なんだ・・・」
 実のところ、護が夏穂と出会う前に、幾人かの少女と出会っている、という話は夏穂も知らなかったわけではない。
 が、それらの少女について、夏穂は根掘り葉掘り聞こうとはしなかった。
 というよりも、意図的に避けていた感すらあった。
 それはひとえに、今の護の答えを、どこかで予想していたからかもしれない。
 無論、だからといってすぐにこの現状を受け入れられるかどうかは別問題であるのだが。
 もっとも、それでもまだ、夏穂は恵まれた立場にいたという事を、彼女はこのすぐ後、知る事になる。
 敵として見えなければならない少女や、敵となるしか、憎むしか道が残されていない少女と比べれば、遥かに・・・





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あとがき

るりか:さて、夏穂とナナイさんが出てきましたが、この人たちなんのために出てきたんでしょう?
ジェイ:ナナイは確かに半分おまけだけどさあ。夏穂はメインキャラなんすけど・・・。一応サブタイトルにもなってるわけだし・・・
妙子:あ、月から来た少女って夏穂さんの事だったんだ。
ジェイ:だれやと思うとったんねん。
るりか:いやナナイさんの事かと・・・って何でいきなり関西弁なんですか(^_^;)。いくら夏穂の話だからって。
妙子:さては、夏穂さんが乗り移ってるとか?
るりか:という事は・・・夏穂もニュータイプ?
ジェイ:んなわけあるかい!








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