「ほう。」 格納庫に降り立ったクワトロ・バジーナの目に真っ先に映ったのは、件のガンダムではなく、別の機体であった。 どこか満足げな表情で、クワトロはその機体を見上げた。 元々、このオークリー基地は"表向き"には新型機開発の試験場という側面がある。 もちろん事情が事情であるから新型機などはそうそう回ってこないとしても、旧型機なら、むしろそのバリエーションは豊富であった。 連邦だけでなく、ジオンの機体も含めて、という意味で。 いやむしろジオンの機体の方が、数としては多かったかもしれない。 そういうことはクワトロとて分かってはいたのだが、せいぜい06、すなわちザクぐらいしかないであろうと踏んでいたのだが、そこには、意外な機体の姿があった。 「こんなものまであるとは、おどろきですね。」 同行していたアポリーも驚嘆の声を上げる。 「性能だけならガンダムに匹敵する、とそう私は思っているのだがな。連中にはそういう認識がないのかな?」 そんなアポリーに、クワトロはそう苦笑いを浮かべた。 「一年戦争のときのイメージが強すぎるんでしょう。あの時は新兵がこいつに乗ってましたからね。」 だから油断がある、そうアポリーの表情は物語っていた。 「ふむ、私が使っていたものは、多少違うようだな・・・」 "何故か"、一機だけ赤く塗装を施された機体のコクピットに上がりながら、クワトロはそう呟いた。 「こいつは、海兵隊仕様機ですよ。マリーネとかいうタイプじゃなかったですかね。大尉の機体は、指揮官機のように見えますが。」 アポリーも別の機体の潜り込むと、モニター越しにクワトロにそう返した。 第七話 『赤い彗星』 一方でコウの目に真っ先に飛び込んできたのは、やはりかつての愛機、ガンダムGP03−もっとも本来の意味でのGP03ではなくその核となるMSユニットだけであったが−のその姿であった。 ステイメン(おしべ)と呼ばれるその機体がまだあるというのは、分からない話ではない。 GP03というシステムの大半を占める巨大な武装ユニットはあの時の戦いで失われたが、コアであるMSは無傷のまま回収された。 それは最後の最後までこの機体に乗っていたコウが一番良く知っていることである。 この機体を含めた3機−正確にはガーベラ・テトラを含め4機である−のガンダムを作り上げたガンダム開発計画は凍結されはしたものの、だからといっていきなりこの機体をスクラップにするということもなければ、どこかで秘匿されているだろうという予想ぐらいはコウにもついた。 よもやそれが、ずっと自分の足元にあったとはさすがに思いもしなかったが。 そしてもう一つ、コウを驚かせるものがそこにはあった。 「これが、ステイメン?」 そのコクピットに入り込んでコウは、思わずそんな声を上げた。 彼が知る、知っているはずの機体と、それがあまりに違っていたからである。 確かに外観上にそう違いは見られない、だが、コクピットのレイアウトはまるで別物、というよりも彼が駆っていたもう一機のガンダム、GP01とほぼ同系のものだったのである。 「コアファイター搭載型、なのか?」 久しぶりに"MSおたく"としての血が騒ぐような、そんなどこかお気楽な感覚がコウのなかに甦ってくる。 だが同時に、コウはある懸念を抱いた。 それは、コウ・ウラキという男が、もう単なるMS好きのお坊ちゃんではなく、一人前の男に成長したことの証でもあった。 封印されたはずの機体が改修されている。 それも、戦闘で傷ついた部分の修理というレベルではない。 その事は詰まり、闇に葬られたはずの計画が、どこかで密かにまだ続いていることを予見させる。 そしてその予感が正しかったことを、後にコウは知ることになる。 真紅のガンダムが眼前に現れる、その時に。 「さて、行くとするか。」 もう一つの"赤"を駆るクワトロ・バジーナは、そう呟くと静かにゲルググを起動させた。 地下深くにあるこの格納庫にまで、砲撃の振動が伝わってきている。 そんな状況下にありながらも、クワトロの声はどこか喜びを含んでいるようにさえ思えた、 「やはり、私はパイロットなのかも知れんな。」 そんな自分の気持ちに気付いて、クワトロは自嘲ぎみにそう呟く。 誰に向かっていった言葉ではない。 だがその言葉は、どこかクワトロの未来を暗示させる。 いつまでも一パイロットでありたいクワトロのその気持ち、その言葉。 その言葉をおそらくはこの先最も多く聞くであろう人物、それが、今さっきであったばかりの少女であるということを、どこかでクワトロは感じ取っていたのかもしれない。 「クワトロ・バジーナ。ゲルググ、出るぞ!」 そんな気持ちを内に抱えたまま、クワトロ・バジーナは出撃する。 それは、悪夢の始まりでもあった。 クワトロによりなぎ倒される連邦に兵士にとって、そしてなにより、運命の渦の中に一歩を踏み出した、クワトロ自身にとって・・・。 アルビオンのブリッジに移動した真奈美、ベルトーチカらの目に飛び込んできたのは、信じられない光景であった。 先ほど見た基地を取り囲む10数機のジム。 それが、たった一機のMSによって次々に撃破されていく。 後にベルトーチカはクワトロと再会した際、 「戦いの中でしか生きられないような人。」 とそう評することとなるのだが、それは、この時の光景が焼き付いていたからなのかもしれない。 正確に言えば、単機で敵陣に突っ込んでいったわけではなく、コウのステイメン、アポリーとキースのゲルググも出撃していたし、彼らとて実戦で鍛えられた一流のパイロットでありそれなりの活躍は見せていた。 コジマの呼びかけに同調した兵士たちの、基地からの援護もある。 だが、それらすべてを霞ませるほどに、クワトロの動きはすさまじかった。 "鬼神"と、そう呼んでも良い。 あるいはコウにとっては、ある男を、"ソロモンの悪夢"と呼ばれた男のことを、思い起こさせるものであったかもしれない。 だが、それよりもっともっとふさわしい二つ名が、ある。 その名に先に思い至ったのは、皮肉なことに敵兵たちの方であった。 「な、なんだ、あのゲルググは!」 ジムのコクピットで、兵士たちは一様に恐れおののいていた。 そもそも、ティターンズとは言え実戦経験の浅いものたちがこの部隊には多かった。 戦いは理屈ではない。 シミュレーションの結果がいくら良かったからと言って、それが実戦で通用するとは限らないのだ。 そのことを、司令官を含めた誰もが失念していた。 自分たちはティターンズで、敵は反乱分子である。 はじめ、彼らの頭の中にあったのはそれだけであった。 ガンダムやペガサス級がある、とは聞かされてはいたが、所詮一機だけ、後は旧ジオンの旧式MSばかり。 おそるるに足らない、そんな思い込みがあった。 が、そもそも、旧式といったって彼らが乗っているジム−正式にはジム改である−とて、その旧式と劇的に性能が違うわけではない。 戦後になって幾度かの改良は施されてはいたから、多少は性能は上がってはいるかもしれないが、それでもこれから先に登場するいわゆる第2世代、第3世代のMSとは決定的に違うから、そんなものはパイロットの技量でいくらでも埋めることが出来る。 そして、彼らの言うところの反乱分子の技量が、彼ら自身より下回っているという保証など、どこにもありはしないのだ。 それを、彼らはまざまざと見せ付けられていた。 ガンダム相手には多少てこずるかもしれない。 そんな認識でいた彼らの目前に真っ先に飛び込んできたのは、彼らが旧式と見下したその機体、ジオン公国のMSゲルググであった。 およそ無防備と思えるほどに突っ込んできたその機体を、見下すかのように待ち構えていた彼らの態度は、だが一瞬にして変わる。 取り囲むジムから放たれたビームの雨をいとも簡単に潜り抜けると、あっという間に懐に飛び込み、長刀を振るい一機のジムを一刀両断、返す刀でもう一機も撃破してみせたのである。 まさにそれは一瞬の出来事であった。 そして、彼らは一つの名を思い出す。 稲妻のごときその速さと、真紅に彩られた、その機体から。 「赤い・・・機体・・・まさか・・・、そんな・・・」 誰もが同じ、その名を思い描いた。 ここにいるはずのない、あるはずのない、その、名を。 「赤い彗星・・・とでもいうのか・・・?」 ビッグトレーのブリッジで、迫り来るゲルググの姿を捉えながら、司令官は静かに呟いた。 それが、彼の最後の言葉であった。 戦闘が終了して数刻の後、アルビオンは着々と宇宙へと向けて飛び立つ準備をしていた。 それを、真奈美やベルトーチカたちはただ見つめているだけである。 真奈美にもベルトーチカにも、そしてナナイにも、そこには様々な複雑な思いがある。 ことに、真奈美には。 ティターンズがどうとかスペースノイドがどうとか、そういう話ではない。 この艦に乗れば、宇宙(そら)へ行ける。 ずっとずっと想いを寄せ続けていたあの少年のいる、宇宙(そら)へ。 だが、これから戦いに赴くのもまた事実であって、そうであれば真奈美のような少女が共に行くことなどはかなうものではない。 ニナやモーラのように、何かの役に立てるなら別であろうが、戦いの場で彼女にできることなどない、少なくとも、今は、まだ。 それは、ベルトーチカやナナイもそうである。 だから、三人はとりあえず、この地に残ることにした。 そう、"とりあえず"である。 真奈美もナナイもニュータイプとしての素養を秘めてはいる。 だが、その使い方を彼女たちがまだ完全なものとしていないということを差し引いても、これから待ち受けている運命など、分かりうるはずもなかった。 ベルトーチカの子、ナナイの子、そして真奈美が想いを寄せる少年と、まだ真奈美の知らないある少女との間に生まれる命。 そんな命たちが次の次代を担っていくということを、含めて。 そんな全ての流れがやがて一つになるのは、この時代から70年近くも、先の話である。 |